2016年11月6日日曜日

宗教

こちらでは頻繁に宗教の話題が出てきます。何を信じているの?と聞かれたとき、「う~ん、得に何も」と返すと、その後面倒なことになるので、「仏教だよ!」と答えていました。それで納得してもらえればいいんですが、「仏教だと、世界はどんなふうに作られたと考えるの?」とか、「仏教だと、何を崇拝するの?」とか突っ込まれると、もう止まらない。仏教には、一神教のような「神」はいないのよ、なんて言ってしまうと、ええ!ゴッドを信じないと救われないわよ!て感じで、どんどん話が長くなっていきます。


宗教の必要性は感じます。特に人の死に直面するときなど、決まり事のある儀式?が生きていくうえで非常に重要だと思います。それでも私の場合、あくまで客観的というか、宗教に伴う機能的な部分に必要性を感じているだけであって、何かを主観的に「崇拝するworship」というのは、よく分からない。

こないだの日曜日、ADEOスタッフと一緒に行ったペンテコステ派の教会で、何人かの教徒が祈りに入り込みすぎて、横転したり泣き叫んだりする様子を目の当たりにしました。正直ちょっと怖いなと思いました。他方で、今日行った別のペンテコステ派の教会では、熱心に祈っている女の子の姿を見て、率直に、美しいな、と感じました。なんだか神聖なものを見た気分でした。


宗教とか信仰というのは、世界はなぜできたのか?人間は死んだらどうなるのか?なんで私にばかりこんなに不幸が襲ってくるのか?というような、答えのない果てしない疑問に対し、解釈を付与する行為だと思います。

で、やっぱり宗教の面白いところは、その解釈の共有が、数億単位の人数の間で、文化圏や言語圏を遥かに超えて起こっているところ。解釈に限らず、聖歌や祈りの言葉なんかも共有していて、それってすごいなと単純に思います。

日本は宗教と独特の関わり方をしていますが、キリスト教やイスラム教などの考え方が現代世界の大部分を作ってきたわけで、ややこしくても、これらを理解する姿勢は重要かなと思います。ので、少しずつですが勉強中です。

0 件のコメント:

コメントを投稿